「銀の矢」

九、キュクロプス（註九Ａ）

　プロメテウスと別れてから半月後。
　既に、カウカサス山系は遥か後方に過ぎ去っていた。李凱永たち三人は、真っ直ぐに南へ南下し、幾多の平原や山々を踏み越え、いつしか、前方にカウカサス山系よりも険しそうな山々を望んでいた。
　西に傾いた太陽が、鋸のような稜線に積もった雪を炎の色に染めている。日没まで、小一時間ほどしかないだろう。
　ペレウスが、前方の樹海を指差しながら、李凱永を振り返った。
「あの森に入れば、夜風に当たらなくて済むだろう」
「んだなあ。今夜は一段と冷えこみそうだしなあ」
　李凱永は星が瞬き始めた天空を見上げた。月は東の空に顔を出していたが、かつてのような美しい輝きは失せ、どこか鈍い光を放っていた。やはり、月を司るアルテミス女神が邪悪な呪いに閉ざされたためなのであろうか。
　不意に、
「リュカイオン殿！」と、ペンテシレイアが緊迫した声で言い、森の一点を指差した。「…あ、あれを見てたもれ」
　見ると、大きな鳥が数羽、大きな木の上を旋回している。遠いのではっきりとはわからないが、何か獲物を見つけたのか、群れ騒いでいる様子である。
　李凱永の顔色が変った。
「あ、あいつ、見覚えがあるだあよ」
「ハルピュイアじゃ」
「げっ」と、ペレウスが嫌な顔をした。「ってことは、他にも何かいるってことだな」
「間違いあるまい」
　李凱永が怪訝そうに聞き返した。
「他にって？」
「ハルピュイアは、怪物どもの後について、おこぼれを預かっているのじゃ。だから、あれがうろついているとすれば、人食い鬼のキュクロプスとかが近くにいるということになる」（註九Ａ）
「キュクロプス？何だあ、そりゃあ」
「一つ目の凶悪な鬼じゃ。身の丈は人の三倍ほどはあろうか。厄介なことに、痛みというものを感じぬらしく、死ぬまで狂暴に闘い続けるということじゃ。三年前にも、アマゾンの村がたった一匹のキュクロプスに襲われ、犬猫にいたるまで皆殺しにあったものじゃった」
「ふうん」
　三人に従ってきた驢馬が、耳をひくひくさせながら、落ち着かなそうに足踏みしている。
　不意に、夕暮れの静寂を鋭い悲鳴が引き裂いた。人間の、しかも女の悲鳴である。
　李凱永は、ペンシレイア、ペレウスと顔を見合わせた。
「行くだか？」
ペレウスは血の気の引いた顔でにやりと笑った。
「当たり前だ。こういう時こそ、ギリシャ一の英雄たる者の見せ場だからな」
「しょうがねえだなあ」
　李凱永も、驢馬が背負っている荷から槍を一本引き抜いた。
「まったくじゃ」と、アマゾンの王女も同意した。
　期せずして三人は同時に走り出した。
　その背後で、怯えきった驢馬がどこかに走り去っていった。

　三人は無言のまま森に駆け込んだ。
　鬱蒼たる木々のせいで、殆ど夜の暗さである。空は隠され、足元さえもはっきりとは見えない。行く手の忌まわしい喧騒が、唯一の方角の手掛かりである。
　ひたひたという足音が低くこだました。
　再び、悲痛な叫び。
　狂暴な唸り声が間近になり、急に視界が開けた。そこに円形の草地が広がっており、真ん中で赤々と火が焚かれていた。その両側には二匹の醜怪で巨大な生き物が居座り、もぞもぞと蠢いていた。
　一つ目の巨人キュクロプスである。身長はおよそ五､六メートルもあろうか。巨人というよりもゴリラのような体型をした巨獣である。全身を茶色の体毛に覆われており、顔の中央にはメロンほどもある大きな眼が埋まっている。鼻は短くつぶれ、唇からは二本の黄色い牙が剥き出しになっていた。
　一つ目巨人から少し離れた地面では、五、六羽のハルピュアが、何かを奪い合って騒々しく飛び跳ね回っていた。鋭い金きり声を絶え間なく発し、土くれを蹴散らしながら、互いにかみつき合い、引っ掻き合っている。と、何かのはずみで、群れの中から白っぽいものがはじかれて地面に落ち、転がった。人間の生々しい足首だった。
　一方、二頭のキュクロプスは、でんと座ったまま、大きな生肉の塊にむしゃぶりついていた。ぼろぼろになった衣服の切れ端が張りついているので、人肉に間違いないのであろう。真赤な鮮血が滝のように流れ落ち、毛むくじゃらの腹を濡らしている。

　李凱永は、目の前の光景が信じられなかった。余りにも凄惨過ぎて、現実感が伴なっていないのである。ただ、胸糞の悪さがむくむくと膨れ上がり、全身の皮膚がぶつぶつと鳥肌立った。
　ふと、すすり泣く声が聞こえた。よく見ると、巨人たちの傍らには大きな穴が掘られており、そこから絶望的な泣き声が聞こえてくる。まだ、二､三人が生きていて、残酷な死を待たされているらしい。
「やるか？」と、ペレウスが硬い声で囁いた。
「待て…」と、アマゾンの王女が言った。「仕掛けるのは構わぬが、ハルピュイアを残すと厄介じゃぞ。他の仲間を呼ぶやも知れぬ」
「もはや、宵の内だ。空を飛んで行ける訳もあるまい」
「でかい奴らは、おらが引き受けるだあよ」と、槍を担いだまま李凱永が言った。「ペレウスとペンテシレイアはお化け鳥を頼むだ。…それに、もう考えてる時間はねえみてえだ」
　その通りだった。
　巨人の一方が肉塊を食い尽くし、穴の中に手を伸ばしたのである。引き攣った悲鳴が響き渡った。キュクロプスは、ばたばた暴れる少女を掴み上げると、にんまりと笑った。
　次の瞬間、李凱永の姿がふっと掻き消えたかと思うと、巨人たちの周囲で一瞬の旋風が巻き起こった。
　その場にいる全てが凍り付いたように止まった。
　いつの間にか、李凱永がキュクロプスたちの前に向こう側に立っていた。槍を地面に突き、肩で荒く息をしている。ごく短時間ではあったが八神破を使ったために、酸素不足になっていたのである。
　巨人たちは不思議そうに目を見開いた。それぞれの目の中央がぱっくりと裂け、血液や粘液の入り混じったものが噴水のように噴き出す。
「うぎゃあああう！」と、間延びした悲鳴が夕闇にこだました。
　巨人に鷲づかみにされていた少女が解き放たれ、どさりと地に落ちた。彼女は、狂ったように何かを喚き散らしながら、暗い森に向かって逃げて行った。
　やや間を置いて、
「うぐおおおおおおおう！」と、キュクロプスたちが大地を震撼させるような唸り声を上げ、醜悪な顔を抑えてうずくまった。その太い手から洪水のように黒っぽい血潮が流れ落ちている。
「ぐおおあああっ！」
　キュクロプスたちは怒りの声を上げ、巨大な拳を振り回した。それが互いを殴り合う形になり、物凄い衝撃音が上がった。それからは、李凱永が手を下す必要はなかった。ただ、狂暴な闘争に巻き込まれないようにしておけばよかったのである。
　キュクロプスたちは、激しくもつれながら地面を転がり、狂ったように殴り合い、噛みつき合い、そして肉を貪りあった。やがて、それらは燃え盛る焚火の中に倒れ込んだ。この世の終わりのような物凄い咆哮がして、火の粉が荒々しく舞い上がった。

　一方、ペレウスとペンテシレイアも怪鳥の群れに飛び込んでいた。
　彼らの槍が閃き、けたたましい悲鳴が交錯し、血飛沫と羽が舞い上がった。やがて、悲鳴は途絶え、五つの怪鳥の死骸が飛び散った羽の中に横たわっていた。
　巨人たちは、互いに激しい闘争の最中である。

　李凱永たちは、互いに目を合わせると、無言のまま大穴の際に集まり、中を覗き込んだ。穴の隅には、二人の少女が互いに抱き合い、小さく竦んでいた。二人だけである。怯えきった目が三人を見上げ、やがて、驚きの色が浮かんだ。
　ペレウスとペンテシレイアが槍の柄を降ろし、
「さ、早く」と小声でささやいた。
「今のうちじゃぞ」
　少女たちは本能的に助けがきたことを理解したらしく、それぞれの柄を掴むと、ぐいと力強く地上に引き上げられた。

　遠くから、ずしいん、ずしいんという重々しい足音が聞こえた。耳を澄ませると、森の木々を掻き分けるがさがさという音も続いている。さらに、ハルピュイアの騒がしい鳴き声や狼の遠吠えがした。
「別のキュクロプスどもじゃ」と、ペンテシレイアが蒼白な顔で言った。
「一匹ではないな。早く、ここを離れよう」
「んだ」
　三人は、少女たちを抱えるようにして、森の中に駆け込んだ。

　李凱永たちは黙々と走り続けた。眼は暗闇に慣れていたが、地面の唐突な窪みや下草に隠れた枯枝などは見分けにくく、何度も足をとられて転びそうになった。
　ひとまず窮地を脱出したものの、得体の知れない恐怖が彼らをとらえていた。後ろから追いかけて来る気配は感じられなかったが、闇の彼方で目に見えない何ものかがひっそりと息を殺しているような気がしてならなかったのである。森全体の空気がぴんと緊張しているのである。
　やがて木々が途切れて、幅が二十メートルほどの川に出た。
　李凱永たちは立ち止まって、後方に耳を澄せてみた。今は、キュクロプスの唸り声などは聞こえなかった。森の静寂とゆるやかな水音だけである。
「虫の声もせぬな…」と、ペンテシレイアが言わずもがなのことを言った。
「腹が減ってきただなあ」
　李凱永はのんきそうに呟いたが、いつもの声ではなかった。
「我らの臭いを消すために、川に沿って歩こう」と、ペレウスが不機嫌そうに言った。

　一同は、川に足を踏み入れ、流れに沿って下り始めた。水は雪解け水のように冷たかった。深さも腰近くまであり、所々胸の上にまで達することもあった。
　二十分ほど下ると、身体がすっかり冷え切ってしまったので、五人は小さな中洲に這い上がった。そこには狭いながらも葦がびっしりと密生していて身を隠すには好都合であった。しかも、中洲としては小さく目立たない大きさである。
　五人は葦の茂みの中で冷えた身体を寄せ合い、じっと息を殺して、辺りの気配に耳を澄ませた。
　静かだった。草むらの虫たちも、森の番人の梟も、今だけは死に絶えてしまったかのように沈黙を守っていた。時間そのものが黒く凍りついてしまったかのようである。

　それでも、何かの気配が動いていた。
　暗闇の奥からひそやかな波立ちが幽かに伝わってくる。風が木の葉や草の葉を騒がせているのかと思ったが、今はそよ風一つない。それがひたひたという忍び足になった。何かの群れが近づいてくるようである。
　やがて、木々の間から流れ出るように十頭余りの大きな獣が姿を現した。淡い月光を反射して、二十を越える輝点が浮かび上がる。狼である。全身を烏のような黒い毛で覆われているために、月光がなければ完全に闇の中に溶け込んでしまったろう。
　飢えた殺気が陽炎のように揺れている。
　狼の群れは、辺りの地面や空気をしきりに嗅ぎ回っていた。尖った耳をぴんと立てて、鼻を鳴らしながら、見回している。
　李凱永たちはじっと息を殺しているしかなかった。二人の少女たちは今にも泣き出しそうな顔でぶるぶる震えている。李凱永もペレウスもペンテシレイアも、それぞれの槍の柄をぎゅっと握り締めている。
　突然、一番体格の大きい狼が一声吠えた。それが移動の合図だった。今まで熱心に嗅ぎ回っていた狼たちも、頭目の一声で素早く集結し、再び川沿いに走り出していた。群れの影はたちまち闇に消え、気配も遠ざかっていった。
　アマゾンの王女がほうっと安堵の溜息を漏らした。

　その夜は誰も眠りにつくことなく、まんじりともしない時が経過した。
　いつの間にやら、夜の暗さが薄れ始めていた。狼たちが蠢いている気配も遠くなったように感じられる。
　東の空が白んできた。
　李凱永は何か腑に落ちないものを感じて、ペレウスとペンテシレイアを見た。
「行ったと思うだか？」
「ふん」と、ペレウスが不機嫌そうに言った。「狼はずる賢い。どうせ、その辺りの物陰に見張りがいるに決まっている」
「まだ、鳥のさえずりも聞こえぬ」
　アマゾンの王女も不審そうに空を見上げた。
　東の山の端から黄金の太陽が顔を出した。

　日が高くなるにつれて、気温がじりじりと上がってきた。水に濡れて冷え切っていた身体も暖まってきた。
　李凱永の腹の虫が、ぐるぐると低く唸り始めている。
　ペレウスとペンテシレイアは肝が据わっているのだろう、槍を抱えたまま、静かな寝息を立てている。その傍らで、二人の少女は声を殺して泣いていた。
　李凱永は、手近な草を引き千切ると、柔らかい茎の部分を口に入れ、かじってみた。青臭くて苦いだけの味である。慌てて吐き出してみたが、喉の奥が焼けるように熱くなってきた。
　李凱永は水が欲しくなり、ゆっくりと這って、水辺に近寄った。彼は、葦をそっと分けて、辺りに目を配り、怪しげな気配がないことを確認してから、顔を川面に近づけた。

　ふと、水の底に何か白いものが横切ったように見えた。続いて、同じような影が幾筋も流れた。川獺が群れをなして泳いでいるのであろうか。そのうちの一つがゆらりと浮かび上がってきた。
　李凱永は、ぎょっとして槍を引き寄せた。
　よく見ると、それは人間の娘のようであった。小さな顔だけ、ちょこんと出している。髪は薄い金髪のようであり、水に濡れてガラスのように透明感があった。肌の色も透けるように白い。大きく黒い瞳がくりくりしていて、乙女というよりも可憐な感じの少女である。
「怪しいものではござりませぬ」と、少女がにっこりした。
「…？」
　李凱永は呆気に取られて、どう反応してよいか分からなかった。
「ほう、ナイアデスじゃの」と、背後からペンテシレイアが言った。（註九Ｂ）
　いつの間にか、ペレウスも立ち上がり、不思議そうな顔をしながら槍を構えている。
　少女は優美に会釈した。
「私は、この川の精でシルキスと申します」
「ふむ。そのほうのようなニュムペが、かくなる時に、如何なる用向きじゃ？」
「微力ながら、ご助勢しようと参上した次第でございます」
「助勢…とな？」
「はい。ここは、もはや安全な隠れ場ではありません。あの者どもは、包囲の輪を固め、より多くの邪悪な仲間を呼び寄せつつあるところなのです。日が傾く頃までには、一気に押し寄せて参りましょう」
　李凱永たちは顔を見合わせた。
「袋の鼠ということだべかなあ…」
「妙な静けさとは思うておったがのう」
「うむう」と、ペレウスが唸った。「ならば、すぐにでも打って出て、活路を開くしかあるまい。敵の包囲が厚くなる前にな」
「…ん？」と、李凱永は眉を寄せた。「さっき言ってた『助勢』って、一緒に戦ってくれるっちゅうことだか？それにしちゃあ、戦支度はしてねえようだども」
　川の精が微笑んだ。
「私どもには、あの者どもと戦う力はござりませぬ。けれども、水の中に路を開くことはできます」
「水の中に…路…だか？」
「はい」と、川の精が頷くと同時に、その横の水面にぽっかりと穴が開いた。直径一メートルほどのトンネル状の穴である。穴の壁は透明で水面そのままにゆらゆらと波打っている。見えぬ力が水を押し広げているらしい。
「さ、早く、ここをお通り下さいませ。この路は、余り長く保ちませぬ故」
　李凱永たちは川の精の意図をすぐに理解すると、
「かたじけない」と頭を下げ、ペンテシレイア、ペレウス、二人の少女、李凱永の順に水のトンネルの中に飛び込んだ。

　一行は、ゆらゆら揺らめく不思議なトンネルを小走りに進んだ。
トンネルの高さが一メートルほどなので、皆、腰を屈めたままである。地面はさらさらとした川砂で、うっすらと水を張っており、狭い空間に水を撥ねる足音が響いている。
　トンネルは、生き物のようにゆっくりとうねりながら、絶え間なく道筋を変えていた。
　ふと、背後を見ると、水の道が収縮し、泡となって消えているところであった。これならば、狼の群れであろうとも、追いかけてこられるはずがない。
　左右には、イルカのような川の精たちが軽やかに泳いでいる。

　三十分ほども経っただろうか。水のトンネルが上り坂になったかと思うと、ぽっかりと円形の青空が現れ、そのまま地上に出た。
　そこは小さな湖の岸辺であった。向こう側の岸には、不気味な殺気を漂わせた深い森が広がり、こちら側の岸辺からは草原が始まっていた。気が付くと、既に水の道はなく、川の精たちの姿も見えなくなっていた。
　李凱永は湖の中を覗き込んだ。表面上は鏡のように静かな水面があるだけだったが、よく注意すると、底の方で蜃気楼のような影が揺れているように見えた。水の精たち、シルキスとその仲間であろう。しばらくしても、こちらに浮かんでくる気配が感じられないので、彼女たちの役割は終わったということなのだろう。

　突然、背後の草原が幽かにざわめいた。
　李凱永は、はっとして槍を構えながら振り返った。ペレウスとペンテシレイアが左右に散った。
　丈高い草の海から姿を現したのは、三匹の狼であった。いや、少し様子が違う。その後に、五人の女狩人たちが続いてきたからである。皆、緑の衣を見に纏い、手には弓を携えている。となると、狼と見えたのは猟犬なのだろう。用心深さはあるが、殺気はない。
　女狩人たちは、川の精のように、はかなげな透明さを帯びていた。
「ドリュアデスじゃな」と、ペンテシレイアが呟いた。（註九Ｃ）
「ふうう、おどかせやがる」
　ペレウスは、槍を地面に着いて、大きく息を吐いた。
　李凱永は、彼女たちの出で立ちに見覚えがあり、怪訝そうに眉を寄せていたが、ようやく思い出した。アルテミス女神と最初に会った時に、女神に付き従っていた女たちと雰囲気がそっくりなのであった。
　女狩人の先頭に立っていた女が、李凱永の前に進み出て、軽く会釈した。
「リュカイオン殿でございますね」
「…んだ。おらを知ってるだか？」
「あなた方がポイベ様探索の途上にあることは、風の精から聞いておりまする。申し遅れました、わたくしは、ポイベ様の名において、この森の守護をつとめておりまする樫の精エレにござります」
「アルテミス様…の？」
「はい。詳しくは後ほど…。まずは、我らが安全な場所にご案内いたしますれば」
「お願いしますだ」
　女狩人はくるりと背を向けると、仲間に合図を送り、素早く散開させた。彼女達はあたかも木々や草むらの中に溶け込んだかのように見えなくなった。
「さ、参りましょう」
　樫の精はくるりと踵を返し、先に立って歩き始めた。李凱永は、先にペンテシレイアと少女たちを行かせ、自分はペレウスと共に最後尾についた。

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註九Ａ：キュクロプス
ホメロスにおいては、一つ目の巨人族で、狂暴で人食いの化け物とされている。
註九Ｂ：ナイアデス
泉や河川などの淡水に関わる妖精（ニュムペ）。
註九Ｃ：ドリュアデス
ドリュアスともハマドリュアスとも呼ばれる。樹木とともに生まれ、樹木と運命をともにするという妖精（ニュムペ）。