「銀の矢」

　十六、冥府の虜囚

　突然、ゴゴゴゴゴ…と、低い地響きが起こった。大地が揺れ動き、前方の固い岩に稲妻のような形の亀裂が走った。亀裂は見る見る広がり、暗い口を開いた。丁度、人が通れるくらいの大きさになると、地震がおさまり、再び静寂が訪れた。
　アルテミス女神を連れた黄泉の国の者たちは、真っ直ぐ裂け目に向かい、迷うことなくそこから地下
に降り始めた。
　その狭い洞窟には小さな石の階段が刻まれ、大地の奥深く続いていた。同じ幅、同じ傾斜の階段がどこまでも続いているのだ。だいぶ階段を降りてから後ろを振り返ってみると、既に日の光の明るさはなく、前方と同じ色の暗闇があるのみであった。冥界への入口であり、出口でもある地割れは、もう閉ざされてしまったらしい。
　照明はない。アルテミスの身体から放たれている淡い銀光のみが、狭い通路を照らし出していた。
　ヘカテやエンプーサたちは頭巾を取り去っていた。彼女たちは元々闇に生きる者であるので、夜目は効くようだった。
　エンプーサは、女神の銀光を怖れてか彼女と少し距離を取り、前後をはさむようにして進んだ。ヘカテは、女神の傍らに立ち、油断なく見張った。アルテミスは、重く沈み込んだ気持ちを隠すように、終始無表情を通した。
　どのくらい時間が経過したのであろうか。
　階段の傾斜がいつしか緩やかになり。通路も広くなっていった。
　かすかな死臭が漂い始めた。
　闇が薄れ始める。空気が、弱々しい燐光を帯びているようである。死臭が強くなるに従って、陰気な明るさも増して来た。
　急に視界が開けた。
　アルテミス女神たちは広々とした河原に出ていた。前には色のない水をたたえた大河がゆったりと流れている。向こう岸は霧がかかっていて見えなかったが、河幅はゆうに十キロメートルを超えているであろう。風がないので、河面は磨き抜かれた鏡のように滑らかである。
　これが、生者の国と死者の国を分ける大河ステュクスであった。
　銀の女神は、辺りを見回してみた。背後にあった階段はいつの間にか消え失せ、見渡す限りの河原に代わっていた。
　それにしても、不毛な光景だった。草や木は一本もなく、灰色の岩や石塊が累々と横たわっているだけである。河原にはまばらに人影が見えた。亡者たちである。彼らは何かわけのわからぬ言葉を呟きながら、夢うつつの状態であてどもなくさまよっていた。
　空はどんよりと曇っていた。
　かすかに水を動かす気配が、女神の眼を水面に向けさせた。見ると、一隻の舟が霧の中から現れ、こちらに向かって漕いで来る。舵を取っているのは、見すぼらしい身なりの痩せた老人である。（註十六Ａ）
　舟は滑るように河岸に着いた。
「上首尾だったらしいの」
　老人が長い髭を撫でながらヘカテに言った。彼女は答えず、アルテミスに向き直った。
「お乗り下さい」
　命令口調だった。舟に乗り込むと、老人が卑屈に頭を下げた。続いて、ヘカテと数名のエンプーサが乗り込み、舟は満員となった。
　老人は再び漕ぎ始めた。舟は岸を離れ、音もなく水面を滑った。素晴らしい速さである。程なく、向こう岸に着いた。あれだけ広い河であるにもかかわらず、舟に乗っている時間は余りにも短かった。
　まやかしだ。と女神は思った。冥界を支えている力は幻術である。いわば、この国そのものが蜃気楼のようなものなのだ。ステュクス河もその力によって作り出された幻術の一つであるに違いない。
　舟を降りると、のどかな野の風景が広がっていた。薄く霞がかった空には美しい声の小鳥たちが楽し気に舞い、色とりどりの花が咲き乱れる野には人間や獣が一緒になって遊び戯れていた。その中には、醜怪な姿をした怪物たちも居た。
　ヘカテは、アルテミスを連れて野を横切り、幾つかの死者の町を通り過ぎた。町は、地上のそれと変わりなく賑やかであったが、何処か実在感に欠ける所があった。まるで遠くの光景を見ているような感じなのである。直接肌で感じる匂いがないのだ。人いきれの中でのムッとするような人々の熱気や体臭がまるでない。
　これも死者たちの見ている夢なのだ。と、女神の理性が告げた。
　やがて、目の前に石造りの巨大な城が現れた。冥府である。この城に、女神の伯父である冥界の王ハデスが住んでいる。
　城は、どんよりした天を突かんばかりに聳えていた。それ自体、一つの山であり町でもあった。回りをぐるりと護っている城壁は、カウカサスの切り立った絶壁を思わせ、その上に構築された神殿や塔などはオリュンポスの聖域をもしのぐ程の威容だった。
　ヘカテは正面に見える城門の前に進んだ。鉄と真鍮で作られた巨大な扉の前に、三つの頭を持つ異様な犬が座っていた。大きさは牛か熊ほどもあろう。ギョロリとむいた眼には血のような色の赤い炎が燃え、耳まで裂けた口からは蒸気のような熱い息が吐き出されていた。牙は黄色く汚れていたが、剣のように鋭かった。
　冥府の門の番犬ケルベロスである。犬は、蛇の尻尾をピンと立てながら、六個の眼で一行をにらみつけ、低い唸り声を上げた。
　門の扉が音もなく開かれた。一行は犬を横目に見ながら進み、中に入った。再び扉が閉められた。

　城の中は広々としていたが、名状しがたい暗さと陰鬱な気に支配されていて、息苦しかった。数多くの階段と廊下を通り、アルテミスはとある大きな扉の前で止められた。
「お連れ致しました」と、ヘカテが声をかける。しばらくして、扉が重々しく開き、中から武装した兵士が顔を出して、無表情に二人を一瞥すると、虚ろな声で入るように言った。
　アルテミス女神が中に入ると、再び扉が閉められた。
　中央に置かれたテーブルには、贅をこらした御馳走が山のように盛られていた。鹿や猪の焙り肉を始めとして、魚や貝、海老などが香料をたっぷり使って料理され、さらに色とりどりの野菜や果物が華やかな色合いを添えている。オリュンポスから取り寄せた神酒まである。
　アルテミスの視線は、テーブルについている男に注がれた。冥王ハデスである。
　冥王は陰気な顔に精一杯上機嫌な笑みを浮かべて言った。
「そんな所に立っていないで、ここに座るがよい。其方も、色々と大変であったであろうからな」と、隣りの席につくように勧めた。女神が着席すると、黄金の杯を取らせ、そこに神酒をなみなみと注ぎ込んだ。
「さあ、呑むがいい。ディオニュソス（註十六Ｂ）に作らせた特別な酒じゃ。オリュンポスでもなかなかありつけぬ上物じゃぞ」と言いながら、自分の杯にも注いでいる。
　冥王は一気に呑みほした。アルテミスは形だけ口をつけると、杯をテーブルに戻した。
　ハデスは怪訝な顔をして尋ねた。
「何か、気にくわぬことでもあるのか？」
「いえ」
「では、何じゃ？」
　ハデスにしては柔らかな物言いである。アルテミス女神は、伯父の暗さがしみついた顔を見つめた。にこやかに微笑んでいるが、眼の奥には狡猾な光が宿っていた。眉間に刻まれた深い皺は、その猜疑心の強さを物語っていた。昔は美男だったそうだが、今はその面影はない。長い間の冥界暮らしが、その顔から明るさを奪い取ったようだ。
「伯父上は、私は反逆者として捕らたのではありませんか？」
「ゼウスの命令でな。しかし、そなたの処遇はこのわしに一任されておる」
　ハデスは、鹿の肉を一切れ口に放り込んだ。
「…で、どうなさるおつもりですか？」
「そなたは、わしの姪でもある。どうするもこうするもあるまいが…」と、口をもぐもぐ動かしながら、酒をグイとあおった。
「それに、そなたのことはヘルメスから聞いておるよ。そなたがゼウスの命に背き、デロス島を脱け出したのも、兄の身を案じてのことだそうな。アポロンは気の毒じゃったが」
「父は、何と申しています？」
　冥王は、杯を置くと眉間を険しくした。陰鬱な顔が左右に振れた。
「それは、聞かぬ方がよい」
「お聞かせ下さい」
　アルテミスは、毅然として伯父の眼を見つめた。その視線には固い意思が感じられた。
　ハデスは、溜息をついた。
「まあ、わしが直接聞いたわけではないが。噂によるとな、アポロンの代わりにそなたが死すべきであったと洩らしたそうじゃよ。どうやら、ゼウスはそなたを憎んでいるようじゃ。己れの破滅がそなたによってもたらされると信じているのじゃろう。何しろ、アポロン亡き今、レトの子はそなた一人。プロメテウスの予言によれば、ゼウスよりも偉大なる者になるのだとか…」
　銀の女神は、さして驚いた様子を見せなかった。むしろ、平然とさえしていた。
「伯父上は、その噂をお信じになりますか？」
「さあな。噂は噂じゃからな。わしにはわからぬよ」
　ハデスは、空の杯に再び酒を満たした。
　アルテミス女神は、その顔を見つめながら冷やかに言った。
「その噂の出所は、アレス辺りと存じますが」
　冥王の顔に朱がさした。
「かも知れんな」
　ハデスは、果実の一つを口に放り込んだ。
「アレスの腕を切り落としたのは、そなたの思い人だったと言うからな。そなたを怨みに思う気持ちもわからぬではない」
「ヘカテは、伯父上が私をタルタロスへ閉じ込めるかも知れぬと言いました」
　ハデスは一瞬嫌な顔をした。アルテミスの言わんとする事がわかったからである。彼女は、ハデスが何か企みを抱いて彼女を捕らえたのではないかと疑っているのだ。
「まあ、時と場合によっては、そういうこともあり得るということじゃな」
　冥王は渋面を作りながら、再び杯を傾けた。苦々し気な口調だった。
「時と場合によってとは？」
　アルテミスは、ハデスの考えを見透かすように尋ねた。
「そなたが、オリュンポスに害をなす者とわかった時じゃ」
「この私が、父上や伯父上たちに刃を向けるとでも、お思いなのですか？」
「そう思っている者も、居なくはあるまいよ。アレスのような者も居るからな」
「そうですね」
　アルテミスは相槌を打つと矛を収めた。
　沈黙の時が流れた。ハデスは、アルテミスを横目に見ながら酒杯を傾けていたが、それを呑み干すと、低く呻くように言った。
「そなたには単刀直入に言った方が、よいかも知れぬな」
「…？」
　女神はハデスを見つめた。
「そなた、このわしと同盟を組むつもりはないか？」
「同盟？一体、何のためにです」
　冥王は、空の杯に再び酒を満たした。抜け目のない視線を女神に向け、心を読み取ろうとしながら口を開いた。
「今、オリュンポスに降りかかろうとしている災厄を打ち破るための同盟じゃよ。わしの見る所、あれを滅ぼす鍵はそなたにあるのじゃろう。敵の渦中から生還したのはそなただけじゃ。また、あのプロメテウスが命をかけてまでそなたを護ろうとしたのには、何か理由があるじゃろうからな」
「私のどこにその様な力があるのですか？」と彼女は尋ねてみた。
「プロメテウスともあろう者が、そなたに何も言い残さずに死んだとは、信じ難いことよ。言い残したとすれば、敵を滅ぼす手掛かりと見るのが妥当であろう」
「私は、何も聞いてはおりません」
　アルテミスは、真顔で嘘をついた。冥王は、しばらく女神の瞬ぎもしない眼を見つめていたが、やがて酒杯に手を伸ばした。酒をあおると、杯をテーブルに投げ出した。
「これは、そなた自身の汚名を晴らす唯一の機会なのだぞ。わしは、それを与えてやろうと言うのだ」
「では、何故同盟など組む必要があるのですか。オリュンポスのためならば、力を合わせるのは当然のことでありましょう」
「そうも行かぬのだ。アポロンの死が伝えられて以来、オリュンポスはガタガタになっておる。ゼウスは腑抜けになるわ、ポセイドンは勝手をし出すわ。目も当てられぬ有様じゃ。まだ、辛ろうじて体裁は残しているが、分裂するのも時間の問題じゃろう。あれでは敵には打ち勝てぬ」
「次のオリュンポスの支配者は誰か？ポセイドン殿も、そして伯父上も、それをお考えになっているのでしょう？」
　ハデスは表情をさらに険しくした。疑い深い眼が女神を探った。低い声が漏れる。
「だとしたら、どうだというのじゃ。そなたにとっても、悪い話とは思わぬがな」
　アルテミスは顔をうつむけ、黙りこんだ。冥王の執拗な視線が頬に感じられる。有無を言わさぬ視線である。断れば、この世の最下層タルタロスに投ぜられてしまうかも知れなかった。
「しばらく、考えさせて下さい」
「長くは待たぬぞ」
　ハデスは、そう言い残すと兵を連れて出て行った。
　アルテミス女神は、再びヘカテに導かれて、別の狭い陰気な部屋に通された。調度といえば、長椅子代わりの寝台があるだけである。
　扉が閉められ錠の降りる音がした。

　扉には封印の呪縛がかけてあるらしく、外界の全ての気配が遮断されていた。窓はないので、完全に閉じ込められた形である。外から封印を解かぬ限り、脱出することはできない。
　壁に埋め込まれた燭台の小さな鬼火が、淡い燐光を放って部屋を燈していた。風もないのに、ゆらゆらと不気味に揺れていた。
　月と森の女神は、外に怪しい気配がないのを確かめると、中空に手を伸ばした。
　その空間が揺らめき、銀の弓が出現した。腰には、矢筒も下がっている。
　アルテミス女神が弓弦を引っ張ってみると、力強い弾力が返った。黒甲冑の男に一度は切られたものの、ほぼ完璧に再生している。これで戦おうと思えば、冥府の軍勢とも一戦できそうであった。
　女神は、弓と矢を目に見えぬ空間にしまい込むと、椅子にもたれ、呪縛のかかった扉を眺めた。そこで掌を広げると、プロメテウスから授けられた青い珠が現れた。
　珠は、彼女の霊気を受けて、かすかな銀色の炎を立ち昇らせながら、宙に静止していた。
　女神は目を細め、指先を近づけてみた。
　青い珠が脈動し始めるのがわかった。銀の炎も大きくなる。どうやら、彼女の霊気を吸収し、さらに増大させる力を秘めているようである。プロメテウスは、真実を彼女に残して去ったのだ。とすれば、この仕組みを解明することによって、リュカイオンを解放する手立てを見出すことができるかもしれなかった。
　女神は、時のたつのも忘れ、青い珠を注意深く見入った。そして、いつの間にか翌日になり、気がつくと、扉の外に気配がして、ヘカテが迎えに来ていた。
「冥王様がおよびにございます」

　アルテミス女神が王の間に招き入れられた時、既に冥王ハデスは玉座についていた。部屋の壁際には鎧に身を固めた警護の兵がずらりと並んでいる。皆身動き一つせず、物音一つ立てていない。まるで等身大の石像が並んでいるかのようである。
　彼女は玉座の前に立った。顔を真っ直ぐに上げ、背筋をぴんと張っている。その姿には、オリュンポス十二神の一柱としての堂々とした威厳があった。
　冥王は陰気な声で彼女に話しかけた。
「で、決心はついたかな？…無論、色よい返事を聞かせてもらえるのじゃろうな」
「いえ、お断りいたします」
「…断るとな？」
「はい」
「何故じゃ？」
　ハデスは目を見開いた。
「父のゼウスは健在です。そして、オリュンポスに危機が迫り、全ての者たちが力を合わせなければならないこの時に、同盟を組み、勢力争いをするなど、私にはできません」
「ふん、きれいごとを言うのう。そなたはゼウスより偉大なる者になると、プロメテウスに予言されている身じゃ。いわば、この危機でもっとも益を得るのは、そなたであろう」
「私には、そのようなことに興味はありません」
「興味はなくとも、予言は予言じゃ。しかも、それがプロメテウスの予言となれば、無視はできぬ」
「…世迷言を」
「多くの者は、世迷言とは思うてはおらぬ。そして、そなたの下風に立つのを潔しとせぬ者も、大勢いるのも事実じゃ」
「…」
　アルテミス女神は黙り込んだ。冥王ハデスは続けて言った。
「わしも、その一人じゃ。だから、せめて同盟を組みたいと思うておる」
「私には、オリュンポスを支配するような力はありません」
「そうかな？わしは、そなたがプロメテウスから巨神族の強力な呪力と智恵を受け継いだものと見ている。事実、今のそなたは、しばらく前のそなたに比べると、霊気が格段に強くなっておるようじゃ。あたかも、小さなゼウスがそこにいるようにな」
「それは、買いかぶりです」
「わしも嫌われたものじゃな。…わしとの同盟は、どうしても嫌だと申すのか？」
　ハデスは目を針のように細めた。
「申し訳ありませんが、今は、その時ではありません」
「…そうか。それならば、仕方あるまい」
　冥王の顔に朱がさした。
「な、何を？」と、アルテミス女神は苦悶の色を浮かべた。身体が石化したように、硬直して動かないのである。腕や足に筋が浮き上がり、ぴくぴくと震えた。
「同盟が無理であるならば、そなたの秘密の力を手に入れるほかはあるまい」と、暗い声が告げた。
「このようなことで、手に入るとでも思っているのですか？」
「心配にはおよばぬよ。冥界には、浄玻璃（じょうはり）の鏡（註十六Ｃ）という便利なものがあってな。亡者の罪を裁く時に使うものじゃが、その鏡の前では真実を語らざるを得なくなるのじゃよ」
「…く」
　月の女神は歯を食いしばった。美しい顔に薄っすらと紅がさした。その左手がぶるぶる震えながらゆっくりと伸びる。掌が開くと、そこに銀の弓が、腰には矢筒が現れた。
「お、おのれ、こしゃくなっ！」
　冥王ハデスの表情がこわばった。ぎりぎりと歯を食いしばった。すると、アルテミスの左手の筋が一層浮き上がる。彼女の右手が銀の矢をのろのろと引き抜く。
　壁際の警護兵が殺気立った。
　その時、アルテミス女神の背後に右手のない男が現れ、するすると彼女に近づいたかと思うと、剣を引き抜き、その柄で女神の後頭部を激しく殴りつけた。鈍い音が響き渡り、女神は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「へへへっ。危ないところだったな。伯父貴よう」と、戦神アレスがにやりとして冥王を見やった。
「おう、アレスか。小娘と思いきや、危うく我が呪力が跳ね返されるところであったわ。この冥府の中でもわしに劣らぬ呪力を出せるとは、本当にゼウスをしのぐやも知れぬ」
　冥王は血の気の失せた顔をした。アレスはふんと鼻を鳴らした。
「そりゃあ、伯父貴も焼きが回ったもんだぜ」
「焼きが回ったかどうだか、お前も弓を構えたアルテミスの前に立ってみることだな」
「ふん。そんなことより、こいつをどうする？」
「鎖につないで、地下牢に放り込んでおけ。後で、プロメテウスから受け継いだ秘密をじっくりと聞き出してくれよう」
　戦神アレスは野卑な笑いを浮かべた。
「俺は、痛めつけて吐かす方が性に合っているがな」
「まあ、それもよかろう。時間はたっぷりとあることだしな」
　冥王ハデスは引き攣った笑い声を響かせた。

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註十六Ａ：カロン
三途の川（ステュクス河）の渡し守。

註十六Ｂ：ディオニュソス
オリュンポス十二神の一柱。酒の神様である。

註十六Ｃ：浄玻璃（じょうはり）の鏡
閻魔大王が死者を裁く時に使うという鏡。この話はギリシャ神話だが、まあいいか。